四十路だけど ばかやろう

40歳のおっさんブログ。挑戦の記録。糖質制限、IPO、転職したい、エッセイ、ニュースに一言。

飽きるということ。プラモデル兄さんを克服したい。

「あんなにやっていたのに、もう辞めちゃうの?」

 

私がよく言われる言葉。

 

そう、辞めちゃうんです。

 

何故なんでしょう。自分でもわからない。あんなに夢中で取り組んでいたのに。

 

飽きてしまうのだ。

 

続けているうちは、一生の趣味だな、これは。と考えていても、ふとしたときに、前よりも楽しめなくなっている自分に気づく。

 

幼い頃に夢中になったプラモデル作り。

何十体と作ったが、ピッタリとやらなくなった。

 

作ることが楽しかったり、作った後に飾ったりすることも好きだった。

シールも貼って、塗装もして、それが小学校2年生の頃。

プラモデル作り自体は、小学校1年生ぐらいから作っていて2年間ぐらい作っていた記憶がある。

それで、小学校3年生の時には、辞めている。

 

何故辞めてしまうのだろうか?

プラモデルの他にも、色々な趣味に飽きてきた遍歴を持つ私。

 

夢中になっては辞める。

そんなことを繰り返しただけあって、自分の中で「何故飽きるのか?」という問いの答えをボヤッとではあるが、持っている。

 

プラモデルを作っていた小学校時代、類は類を呼ぶというか、趣味が同じだと気があうのか、プラモデル好きな友達ができた。

その友達には兄がいて、その兄もプラモデルを作っていた。

 

その”プラモデル兄さん”は、手が込んでいて、パテで組み合わせの隙間をなくし、カラーもオリジナルの色で格好がよく、ステッカーも趣味が良くて、衝撃を受けたことがある。

自分のカラーリングやステッカーと比較してしまう。

 

すごい!

 

感動して真似をする。

だが、技術の差があるのか、なかなか思うようにはできない。

理想である、”プラモデル兄さん”には程遠い。

3学年の差は大きいのである。

小学校の低学年ながら、自分の限界を感じてしまい、興味が一気に冷めていく。

 

スポーツなんかもそうだ。

 

ある程度の技術に到達するまでは、自分の成長が目に見てわかり、その成長が続く限りは、楽しめる。

 

しかし、自分の力の先というか、限界が見えるようになると、一気に冷める。

その道のトップ選手のと一緒になる機会もあったりすると、なおのこと。

「俺もやったる!」という気持ちは、沸くことは沸くのだが、しばらくすると無くなってしまう。

 

この冷める気持ち。私だけなのだろうか?

 

ある程度の技術を身につければ、その後はずっと楽しむことができると思うのだが、そうではない。

 

私の趣味に求めることものが、成長というものらしい。

 

これは、テレビゲームなんかにも顕著に現れる。

 

ある程度上手くなって、敵を倒したり、簡単にクリアできたりすると飽きる。

 

もっと楽しめればいいのだが、楽しむ気持ちもなくなってしまうのだ。

 

心の奥底に潜むものが、何かああるのか。

人と比較する気持ちなのか。

それとも別の何かなのか。

 

そして、今は楽しめるものがなくなってしまった。

興味があるものを一通り嗜んだと思っている。

 

文化的な趣味がいいのかなと考えているが、今の情報社会では、”プラモデル兄さん”がどうしても目に入ってきてしまうのではと尻込みしてしまう。

 

そんな”プラモデル兄さん”を克服して、心から楽しめるものを見つけたいものである。

 

人は歩みを止めたとき、挑戦を諦めたときに年老いていく。

ダ〜!

 

挑戦は止めへんで〜